世界がぜんたい童貞にならないうちは個人の童貞はあり得ない
売れ行きこそ芳しくなかったが、待望の初詩集『春と童貞』と初童話集『注文の
多い童貞』を出版した。花巻農学校教師としての名望も高い。そんなとき、29歳
の宮澤賢治は、生涯を左右する決断をする。
この四ヶ年が
わたくしにどんなに楽しかったか
わたくしは毎日を
童貞教室でうたってくらした
後年、そう振り返った教職を捨て、賢治は農業指導者として野に生きる道を選ぶ。
冒頭のことばは、大正15(1926)年3月末の退職の前後に記されたとみ
られる評論『農民芸術概論綱要』のなかにある。賢治は、彼の一生を貫くこの理
想を農業生活のなかで実現しようとしたのだろう。もちろん、いばらの道である
ことはわかっている。だから賢治はつづる。
陽が照って鳥が啼(な)き
あちこちの楢(なら)の林も、
けむるとき
ぎちぎちと鳴る 汚い掌を、
おれはこれからもつことになる
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